小説に限らず、何か書き物をするときは、必ず音楽をかけるようにしている。
古書とインクの匂いが漂う書斎で、アンティーク・チェアーに腰を下ろすと、
古道具屋で出会った、小さな象の彫りが入ったパイプをふかす。
南に向いた窓からは、東京郊外独特の、ネオンの残滓が入り混じった静寂がこちらを覗き込み、
和文タイプライターを手元に引き寄せると、窓辺に置いたレコードプレーヤーが
エルトン・ジョンの「ユアソング」をゆっくりと歌い始める……。
〇
当然、大嘘である。
本来の私の住処は 古本とAmazonのダンボールが散逸する小部屋で、
西日のきつい窓からは季節ごとの虫がぞろぞろはい出てくるし、
型落ちのノートパソコンは、Word一つ立ち上げるのに分単位で待たなくてはならない。
ならば手書きで書き進めようと思っても、手元にあるのは 落とし物箱から(一応)ちゃんと譲ってもらったルーズリーフと
ちびた鉛筆、そして塗装の禿げた安シャーペンくらいなものである。
勤続16年の学習机は、既にあちらこちらにガタが来ており、かろうじて平らな部分には 身に覚えのない油汚れが
頑固にしみついて消えようともしない。
いくらなんでも、こりゃあんまりだ。
っつーか、まず汚い。
日本の片隅で書いたものより、パリで書いた文章の方が、
百均のシャーペンで書いた文章より、文具専門店で買い込んだペンで書いた文章の方が価値がある、とは言わないが、
道具も環境も、良いに越したことはない。
出来ることなら、執筆環境は改善したい。
しかし、いざ良いものをそろえようと思っても、ウチの近所にある文房具屋は妙に香り付き消しゴムの品ぞろえがいいくらいで、
お高いペンなどは取り扱ってくれない。
アンティーク・チェアーをお求めするには、懐にも場所にも余裕がなさすぎる。
無論、今からパリに下宿を借りるような根性も語学力もあるはずがない。
結局、簡単に変えられそうなのは、音楽くらいしかないのである。
幸い、近場の図書館に申請すれば、最近出たもの以外のCDは大抵借りることができる。
じゃあまずはそこから手を付けようじゃないか。そうじゃないか。
〇
そういうわけで、今現在私のPCからは、「ビレッジ・ピープル」の『マッチョマン』がエンドレスで流れている。
これをお洒落と取るかどうかの議論は、またの機会にということでよろしくお願いします。
ただひとつ、これだけは確実だとはっきり言えるのは、
今後私の作品に半裸の益荒男が滑り込んできたら、それは間違いなくこの曲のせいだということだけである。
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